大気開放状態における匂い識別能力の向上

1. はじめに
現在、匂い識別は様々な研究機関から注目を集めている分野のひとつです。本研究では特に大気開放状態における匂いの識別に力を注いでいます。大気開放状態における匂いの識別の問題点として、大気中の匂いは常に濃度が変化していること、あるいは、湿度・温度が一定でないためにセンサの応答にも違いが生じてしまうこと、等が挙げられます。しかし、それに対応可能なアルゴリズムの開発することで火災検知や環境監視などへの応用が期待できます。

2. 測定システム

まず本研究で使用している測定システムの概略図を上図に示します。
本研究では、匂い測定のためのガスセンサとして水晶振動子(QCM)ガスセンサを使用しています。QCMはガスセンサの中でも安価かつ加工しやすいという利点があります。このQCMを複数個使用してパターンベクトルを形成し、パターン認識にかけることによって匂いを識別することが出来ます。

3. 濃度変動への対策
しかし匂い濃度が急激に変化しているときは識別が難しくなります。それはセンサの応答が匂い濃度変化に対して応答遅れを生じるためです。それによって同一の匂いでもパターンは時に違ってくることが起こり得ます。そして誤判別が生じやすくなります。そのため、このような環境での匂い識別にはセンサ応答以外の特徴が必要になります。そこで、本研究では異なる匂いに対するセンサの応答速度の違いに注目し、それを特徴として抽出する手法を提案します。

上図は匂い濃度が急激に変化している状態でのアップルとマスカットフレーバのセンサ応答を示しています。同図ではPEG1k以外のセンサ応答(赤い実線以外)に違いがはっきり見えます。アップルフレーバはマスカットより変動が急激です。これは、それらのセンサはアップルに対して応答速度が速いことを示しています。
これらの特徴を抽出するために、本研究では短時間フーリエ変換(STFT)を導入しました。STFTは通常のフーリエ変換(FFT)に比べて時間的情報を失わず、今後のリアルタイムなアプリケーションへの発展性があるために利用しました。しかしそれだけでは応答の大小がフーリエ変換の結果のパワースペクトラムに影響を及ぼすので、センサ応答のレベルの差をなるべく小さくする必要があります。そこで、各周波数成分をそれぞれの直流成分で規格化しました。

周波数成分特性の違いのイメージ図を上図に示します。上図は異なる匂いに対するあるセンサの周波数特性です。同図では両サンプルに対してこのセンサは異なった周波数特性を示していることが分かります(楕円内)。この部分に注目して特徴抽出を行えば両サンプルの識別が可能になると考えられます。さらに高周波領域は値が非常に低くパターンも不安定なので、ノイズとみなして除去します。そして残りの部分に関してのみ特徴抽出を行うことにしました。本研究では、判別分析の変数増減法を用いて識別に有意な周波数成分を複数選択し、その周波数成分を用いてパターンベクトルを構成しました。
最後にシステムの評価のためにニューラルネットワークを用いました。本研究では学習ベクトル量子化法(LVQ)を用いて匂い識別を行いました。汎化性を考慮するために、学習識別の際、学習データと識別データは別々にしています。またLVQに用いる初期参照ベクトルは各学習データ(カテゴリ当たり400個)から20個ずつ選び出し、それらは学習データとしては使用しません。学習は20回行いました。アップルとマスカットフレーバーの識別率を計算した結果、本手法では平均識別率が95.11%であるのに対し、センサ応答のみ使用した従来方法ではわずか58.73%でした。このように、本手法は急激な匂い濃度変化に対して高い識別率を示しました。

4. 湿度・温度変動に対するロバストセンシング
 大気中で匂い識別を行う際の問題点として、濃度変動の他に湿度・温度の影響があります。一般に湿度が高くなると下図のようにセンサ応答の大きさが小さくなることが分かっています。また、温度が高くなると、センサ応答の大きさはあまり変わりませんが、センサ応答の速さが速くなります。
 そこで、湿度が30%, 50%, 70%のときのアップルとマスカットフレーバーのセンサ応答を測定し、そのデータを用いてLVQで学習を行いました。その結果、学習を行わないときの識別率87.7%に比べ、学習後は93.1%となり識別率の向上が見られました。
 同様に、温度が20℃, 25℃, 30℃のときのアップルとマスカットフレーバーのセンサ応答を測定し、そのデータを用いてLVQで学習を行いました。その結果、学習を行わないときの識別率86.5%に比べ、学習後は92.5%となり識別率の向上が見られました。


参考文献
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