実時間質量分析器を用いた匂いの記録再生

はじめに
 これまでに、匂いセンサを用いた匂いの記録再生システムを開発してきた。このシステムでは、十分な要素臭のパターン分離を得るためには、選択性が高いセンサアレイが必要である。そのため、多くの要素臭を利用する時、センサの選択が困難になる。また、パターン分離を向上するため、匂いセンサと共に温度可変濃縮管を利用したが、実時間の匂い記録機能が不可能になった。
 本研究では、匂い記録性能を向上するため、実時間質量分析器に基づく匂いの記録再生システムを開発した。この新たなシステムによって、センサの出力として数百のm/z を容易に得ることができるようになり、豊富なm/zの中から必要なものを選択できるようになった。さらに、匂いが発生する場所で匂い記録ができるので、実時間で大気中の匂いを直接再生する機能が可能になる。

実時間質量分析器に基づく匂いの記録再生システム

         図1.開発した匂いの記録再生システム

 図1に示すように実時間質量分析器に基づく匂いの記録再生システムを開発した。液体サンプルを測定するために、実時間質量分析器(OmniStar, PFEIFFER)を使用した。この実時間質量分析器の測定範囲は1−300m/zであり、各m/zの測定時間は50 msである。匂い記録過程の入力として質量分析器からの測定データをPCに導入し、対象臭のレシピを推定した。それで、推定したレシピをField-programmable gate array (FPGA, Cyclone, Altera)を送り、FPGAが生成した制御信号によって高分解能気相ブレンダーの各電磁弁の開閉を制御し、高ダイナミックレンジの匂いを再生できた。

レシピの計算

対象臭のレシピ推定には非負拘束付き最小二乗法を使用した。対象臭に含まれる要素臭の構成比が非負の条件下で計算した。




匂い記録手順
 匂い記録の手順を図2に示す。

            図2.匂い記録手順

 記録する前に、各要素臭のマススペクトルパターンを測定し、匂い記録の入力として適切なm/zを経験的に選択した。今回、選択されたm/zは9個の m/z (55, 56, 58, 60, 67, 71, 72, 75, 81)であった。そして、すべての要素臭のマススペクトルを正規化し、対象臭のレシピ推定のためのデータベースとして利用した。正規化には図3に示すような@m/z 毎に正規化、Aサンプル 毎に正規化という方法を使用した。

<>br 図3.正規化法

 実時間に記録する際、まず対象臭を測定し、対象臭のマススペクトルを正規化した。そして、非負拘束付き最小二乗法によって、対象臭のレシピを推定し、要素臭の比率を対象臭のレシピとして記録した。この実時間の記録は25秒程度かかった。

記録結果

 1,りんごの推定

 この開発した匂いの記録再生システムの性能を確認するため、8つ要素臭を含むりんごの対象臭を記録した。対象臭及び異なった正規化法による記録結果を表1と図4に示す。

       表1.対象臭及び異なった正規化法による記録結果

    図4.対象臭と異なった正規化法による記録結果とのレーダーチャート

記録結果より、m/z 毎に正規化した場合、9個の m/z及び非負拘束付き最小二乗法によって、対象臭のレシピを適切に推定できることが分かった。さらに図5に示すように対象臭のマススペクトルと推定したマススペクトルパターンがほぼ同じになった。また、対象臭と調合臭がほぼ等しいことを官能検査で確かめた。


     図5.対象臭と推定した匂いとのマススペクトルパターン

 2,低揮発性成分を含む匂い(マーボー豆腐、炒飯)の推定

  りんごの匂いに含まれる8要素臭は揮発性物質に限られていたため、注入口にヒーターを使うことで低揮発性サンプルのレシピ推定を可能とさせることを試みた。そこで4つの低揮発性サンプルを含むマーボー豆腐と炒飯の匂いレシピの推定を同様の方法で行った。正規化方法はりんごの実験結果よりm/z毎に行った。その結果を表2に示す。  

         表2.マーボー豆腐(左)と炒飯(右)のレシピ推定結果



 結果より炒飯は多少ズレがあるが、低揮発性物質もレシピ推定が出来ていることが分かった。りんごと同様に対象臭と調合臭がほぼ等しいことを官能検査で確かめた。

まとめ
‐本研究では広範囲の匂いを記録するために実時間質量分析器に基づく匂いの記録再生システムを開発した。
‐得られたマススペクトル及び非負拘束付き最小二乗法によって、揮発性物質の対象臭(りんご臭)、さらにヒーターを使うことで低揮発性物質の対象臭(マーボー豆腐、炒飯)のレシピを適切に推定できることが分かった。
‐データの正規化をm/z毎に行う方法の方がサンプル毎に行う方法よりも精度が高いことがわかった。
‐さらに、官能検査により記録結果の妥当性を確認した。