匂いバイオセンサシステム

研究背景と目的

生物の持つ嗅覚機能に匹敵するような、優れた感度・選択性を有する匂いセンサの実現は、幅広い需要があります。 例えば、モノの捜索や食料品の品質評価などが挙げられるでしょう。
そこで本研究では、昆虫の嗅覚受容体を利用することで、高感度・高選択性を有する匂いセンサ測定システムを確立することを目的としています。

センサ細胞とは?

ここで、センサ細胞とは嗅覚受容体嗅覚受容体補助タンパク質、そしてカルシウム感受性蛍光タンパク質をSf21細胞に発現させた培養細胞を指します。 センサ細胞の動作は次のようになっています。
  1. 香気物質(匂い分子)が嗅覚受容体によって受容される
  2. 嗅覚受容体と嗅覚受容体補助タンパク質によって形成されているイオンチャネルが開く
  3. 細胞内部へカルシウムイオンの流入が発生する
  4. カルシウムイオンと蛍光タンパク質とが結合する
  5. 結合した蛍光タンパク質は蛍光を放つ

センサ細胞の原理図
このようなセンサ細胞によって,匂いはその濃度に依存した蛍光強度として変換されます。 本研究ではこのセンサ細胞を利用することにより,匂い濃度変化を蛍光強度変化として観測するためのセンサシステムの開発を行っています。
※細胞提供: 東京大学 先端科学技術研究センター 神崎研究室

測定システム

これまでに構築したセンサシステムについて紹介します。 センサシステムは,光学測定系ロックイン計測系自動フロー測定系の3つの部分により構成されています。

光学測定系

光学測定系はセンサ細胞から蛍光応答を取得するための装置です。 チャンバ上に吸着させたセンサ細胞に対し,水色レーザダイオードによる励起光を照射すると,センサ細胞は緑色の蛍光を発します。 この蛍光を冷却CMOSカメラを利用して画像として撮影し,画像内の細胞領域の輝度値の積分を行います。 以上のプロセスにより,匂い濃度は画像輝度値として数値化されます。

光学測定系

ロックイン計測系

センサ細胞が発する蛍光は微弱信号であり,周辺環境光のようなノイズ信号に埋もれてしまうことがあります。 そのような微弱信号を計測する手法としては,ロックイン計測が有効です。 ロックイン計測系により高いS/N比の実現,すなわちセンサの高感度化が期待されます。

ロックイン計測系

自動フロー測定系

センサにおいて再現性は重要です。 測定者に依存しない,再現性のある応答取得のためには,測定の自動化が必要となります。 自動フロー測定系は,あらかじめ用意した設定ファイルをコントローラに読み込ませることによって,ポンプおよび電磁弁の動作が制御され,センサ細胞に対して自動的に測定対象溶液が供給されます。 このシステムにより,繰り返し自動的な応答測定が可能となります。

自動フロー測定系

測定結果

以下に,構築したセンサシステムでのカビ臭に対する測定結果の一例を示します。

ロックイン計測系での細胞応答

dark条件は周辺環境光を遮断した状態,Ambient1条件は中程度の周辺環境光,Ambient2条件は強度の周辺環境光が存在する状態です。 下図に示すように,ロックイン計測系によって多様な条件下であっても,よく似た傾向を持った香気物質に対するセンサ細胞応答を取得することに成功しました。

ロックイン計測系での細胞応答

自動フロー測定系での細胞応答

測定にはBuffer溶液と香気物質溶液の二種類の溶液を使用します。 Buffer溶液はセンサ細胞に必要なイオンが含まれています。 また,香気物質溶液として,Buffer溶液に1μM 1-octen-3-olを加えた溶液を3箇所(ch1~ch3)に用意しました。 そしてBuffer溶液と香気物質溶液を交互にセンサ細胞に対して供給を行いました。 その結果,下図に示すように,香気物質溶液を供給する毎に,繰り返してセンサ細胞応答の取得に成功しています。 すなわち,センサ細胞に対して溶液の供給を自動化することに成功しているといえます。

自動フロー測定系での細胞応答

今後の展望