昆虫嗅覚受容体と画像認識を利用した匂いバイオセンサシステム

匂いに関わる応用分野において,匂いを情報としてとらえるためのセンシングは欠かすことができない。 人間も含めて,生物においては嗅覚受容体と呼ばれるタンパク質が匂いの知覚に重要な役割を担っている。 我々の研究グループでは,昆虫が持つ嗅覚受容体と画像処理技術を組み合わせて利用することで匂い情報を取得する, 匂いバイオセンサシステムの開発を進めている。

センサ細胞

センサ細胞とは,東京大学神崎研究室において開発されたものであり,嗅覚受容体タンパク質と補助タンパク質, カルシウム感受性の蛍光タンパク質を共発現させた細胞である。 センサ細胞は,周囲の匂い分子濃度の変化を蛍光強度変化として変換する働きを持っている。 このセンサ細胞を利用することで,匂いを画像としてとらえることが可能となる(図1)。


図1. センサ細胞の蛍光画像

センサ細胞の蛍光画像を利用した匂い識別の原理

センサ細胞の応答を画像として測定することで,1枚の画像の中に複数のセンサ細胞を同時に収めることができる。 したがって,多数の異なるセンサ細胞応答を同時並列に測定可能なセンサアレイを簡単に構成することができる。 様々な種類の嗅覚受容体が存在しているならば,ここで得られる画像は匂いに応じたパターンを持つ。 この画像パターンを画像処理技術等によって解析することで,匂いが識別できる(図2)。 なお,匂い識別のために画像内において細胞の位置決めを厳密にする必要はない。 既知の匂いへの応答画像と,測定したい匂いへの応答画像との相対値を比較することができれば十分である。 したがって,センサ細胞の種類の数によらず,同じ手法を適用することができる。


図2. 匂い識別の原理

画像データ処理

図3に画像データ処理の流れを示す。 匂い識別のために,匂いに対する応答を捉えた画像データから,画像処理によって個々の細胞の応答変化を抽出する。 そして,雑音成分除去のための並列ロックイン計測処理を適用したのち,得られた時系列データのパターン認識を実施する。 これによって,異なる画像パターンとして得られたセンサ細胞の匂い応答を識別することができる。


図3. 画像データ処理

主成分分析による結果

図4に主成分分析を利用して画像のパターンを解析した結果を示す。 2種類の異なる嗅覚受容体(ショウジョウバエ, Or13a,Or56a)をそれぞれ発現したセンサ細胞を利用し, 2種類の匂い(1-octen-3-ol, geosmin)をそれぞれ投与した時の応答多次元データについて, それぞれの匂い投与直前(base)と応答ピーク(peak)の近傍データ点に対して主成分分析を適用した。 これにより,第1主成分軸方向に1-octen-3-olの有無が,第2主成分軸方向にgeosminの有無が現れることがわかる。 つまり,センサ細胞の応答画像を利用することで匂いを識別できるようなデータが得られるということである。


図4. 主成分分析による2成分の分離