嗅覚ディスプレイを用いた香り再現

1. 対象臭と調合臭

少数の要素臭どうしの比率を変えることで多様な香りを表現することが可能である。ここでは精油にスポットをあてて、匂いの提示装置である嗅覚ディスプレイを用いて、対象とする精油製品の香り(対象臭)と要素臭を調合して得られる近似的香り(調合臭)にどれ位の差異が存在するのか、匂い提示の再現性を調べるために、嗅覚ディスプレイを用いてヒトの嗅覚による官能検査実験を行って確かめた。

2. 匂い提示の再現

これまでの先行研究に基づき、20の要素臭を用いて代表的な精油を選んで匂い(香り)の再現実験を行った。精油は主に7つのカテゴリーに分類されるため、各カテゴリーから代表的なものを1種類ずつ再現実験に用いることとした。 柑橘系(Citrus)からレモン、エキゾチック系(Exotic)からパルマローザ、スパイス系(Spice)からキャロットシード、樹脂系(Resin)からエレミ、フローラル系(Floral)からラベンダー、樹木系(Woody)からシプレー、ハーブ系(Herb)からメンタ・アルベンシス(コーンミント)を選んだ。 香りの再現実験は、官能検査実験において参加者に対象臭および調合臭を提示する際、20成分嗅覚ディスプレイを使用した。この嗅覚ディスプレイは8成分の弾性表面波型(据置型)を20成分に拡張し、さらに改良を加えたものである。この嗅覚ディスプレイは最大20種類の匂いサンプルを任意の割合で調合して、パソコンからの制御に従い時間的に正確にユーザーへ匂い提示が可能である。 官能検査実験では、嗅覚ディスプレイにおいて要素臭を混ぜて作った調合臭と、予め用意した製品版精油の対象臭をそれぞれ参加者へ提示した。参加者は提示された調合臭と対象臭の識別が可能か否か、3点識別法により実験を行った。盲試料AとBの匂い提示が3回行われたのち、何回目が違うと感じたかを答えてもらい、その回答の正否を集計した。

3. 官能検査による再現性の評価

官能検査の実験結果を表1に示す。有意水準α = 0.05とした際、統計数値表に基づきz値を調べた結果範囲内であり、盲試料AとBの間に有意差はみられなかった。即ち、この度の実験で使った7種類の精油すべてにおいて調合臭と対象臭の有意差がないことを示している。この研究では、185種類の精油を調合して、非負値行列因子分解法を使って得られたデータベースをもとに作成した20種類の要素臭から近似臭を作り、官能検査を行った。用いた代表的な7種類の精油の匂い提示において、実験参加者により対象臭・近似臭の3点識別法を行った結果、対象臭と近似臭の間には有意差がみられないことがわかった。液体レベルでは有意差がないことは既に示されているので、本研究では20成分調合型嗅覚ディスプレイにより、ある程度の近似精度で近似臭を調合できることが示された。官能検査を行ったのは7種類の精油であるが、今後、多様な精油を20の要素臭どうしの調合比率を変えることで提示が可能になると考えられる。

表1 官能検査実験における回答の成否

参考文献

  1. 伊関方晶, Dani Prasetyawan, 横式康史, 中本高道, "多成分調合型嗅覚ディスプレイを用いた匂いの再現の研究", 電気学会論文誌E(センサ・マイクロマシン部門誌), pp63-70, 2022
  2. Dani Prasetyawan and Takamichi Nakamoto, "Comparison of Autoencoder with NMF for Odor Component Exploration Using Mass Spectrometry", 電気学会センサ・マイクロマシン部門総合研究会, PHS-18-016, CHS-18-002, MSS-18-002, BMS-18-018, 2018